貰えない残業代
2022年3月、インターネット広告費がマスコミ4媒体(テレビ・新聞・ラジオ・雑誌)に係る広告費を初めて上回ったという調査結果を電通が発表した。Amazon や Netfilx などの動画配信サービス、YouTube や TikTokなどのSNSの利用者数は増加の一方で、ネット広告に力を入れる企業は枚挙にいとまがない。
そんな広告媒体の過渡期において、彼女の務める代理店は、元々マスコミ4媒体を主戦場にしていたトップが独立開業した会社。ネット広告への造詣も浅く、いまだ人との繋がりを頼りに営業を勝ち取る古い体質だ。
「コロナを理由に、ほぼ毎日のように在宅勤務を強制されていて…。在宅って残業手当が出ないから基本給しか入らないんです。手取りは17万で、家賃や光熱費に奨学金の返済費を払えば手元に残るのは5万ほど。そこから食費や最低限のコスメや服など…ギリギリで貯金なんてできません。たしかに仕事も覚えたてというのは分かるんですけど、今のままじゃサービス残業が増えるだけで割に合わない。上司はもちろん、同期とすら全く距離が縮まらないので、ずっと独りのような感覚を拭えません。」
会社として業績が芳しくない場合、人件費や経費などのコスト削減が真っ先に図られる。とはいえ、このままじゃマズイと考える上層部はネット広告への舵転換に乗り出し始めたそうだ。
「社内でも、とくに若手を中心としてブレストが活発化しています。加えて、競合他社の取組や消費者の購買指数などのリサーチを任せられているのでモチベーションは低くはない。今後に期待したい気持ちは強いですが、今の生活が苦しいのを上層部に分かって貰いたいです…」
何で私が?
「このままじゃ生きていけないと思い、2カ月前にメンエスの面接を受けました。リモート中心なので、睡眠さえ削れば夜の数時間だけでもシフトに入れるのが良いです。ガールズバーも悩んだんですけど、お酒が次の日に残るのはシンドイなと…。即採用でしたけど未経験なので研修が長く、今やっと3回くらい出勤できたんです。実際、学生時代も何度か働こうと思ったことはありますよ。メンエスだけじゃなくピンサロやデリヘルなども含めて。でも、そこに手を出したら戻って来れないと思って退けてきたんですがね…」
思うように行かない現実に辛い表情を浮かべる彼女。冒頭で口にしていた『地元から出たのが間違いだったかもしれない』の理由を聞いてみた。
「家族の問題はあるにせよ、地元民との関係性を断ってまで東京に来ることは無かったと思って…。愛知って色々な面で村社会というか、隣人との結び付きが強いんです。それが嫌で自由な東京に憧れて上京してきましたけど、ここ3年ほどは自由というよりずっと孤独なんです。大学時代の知人とも疎遠、会社の同僚とはリモート会議でしか顔を合わせない。地元の知人は結婚してマイホームがあって子供がいる。私はというと、非風俗とはいえ性接待のようなメンエスで働きだしたんですよ?好きでもない男性の陰部を触って、本当に情けないですけど仕方ない…」
そうはいっても希望していた広告業界で務める社会人1年目。まだまだ将来を悲観するには早いし、それは彼女自身も分かっているようだ。
「数ヶ月前よりも会社の空気感は良くなってきていると思います。とはいえ、直ぐに業績が良くなることはないし、いつまで在宅勤務が続くかは分からない。今は少しでも早くビジネススキルを身につけるのと業界知識を増やすしかないと思っていて、個人でもプログラミングやSNS運用について勉強している最中です。生活の為の週1.2回のメンエスは我慢しなきゃいけない。自己嫌悪に陥って家に帰れば泣くことだってありますし、何でこんな辛い目に合わないといけないのかと悔しい。他に割の良いバイト見つかれば辞めますよ…」
そのままメンエスにハマることなく、次会う時には広告業界の明るいニュースを教えて貰いたい。